2026.01.18

「LITALICOに帰るよ」の声掛けに笑顔でお着がえ。20年目のご家族の決断が生んだ、ご本人の成長と自立

LITALICOレジデンス 顧客インタビュー

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インタビューにお答えいただいたのは、LITALICOレジデンス(重度障害者向けグループホーム、以下レジデンス)をご利用中のHさん(10代・女性)のお母さまとお父さま。 約20年という歳月、片時もHさんのそばを離れず、献身的に支え続けてきたご家族。グループホーム入居に至るまでの葛藤や、入居後に見えてきた成長をじっくりとお話いただきました。

片道1時間半の療育と15年の音楽教育。「この子のために」と信じて走り続けた日々

― まずは、Hさんのこれまでの歩みについて教えてください。

ー母: 1歳半くらいまでは、言葉も出始めていましたし、定期健診で引っかかることもありませんでした。それが1歳半を過ぎた頃、突然、何も話さなくなってしまったのです。反応してくれていた「赤だね」「黄色だね」という言葉にも反応してくれなくなり、名前を呼んでも振り向かなくなりました。

ー父: 市の発達相談を経て、3歳頃に「小児自閉症(現在の自閉スペクトラム症)」と診断を受けました。 家中を走り回り、静止しようとしても振り切られるほど力が強い。本人も言葉がわからず見通しがつかないから、パニックになって自傷行為をしてしまうこともありました。

ー母:「ママ、パパ」と呼んでくれるようになったのは娘が6歳の頃です。少しずつ成長しているんだとわかって嬉しくなりました。市の相談員の方から、「お母さん。ここまでよく頑張って育てられましたね」と声をかけられたときは号泣してしまいました。

― 診断を受けて以降はいかがでしたか。

ー母: 市外の療育施設へ、電車とバスを乗り継いで片道1時間半程かけて通いました。仕事もありましたが、主人の協力や私の母の助けを借りて、何年も必死に続けました。娘にとっても大変に感じていたのか、学校のほうが近かったので小学校へはスムーズに通ってくれましたね。

ー父: 娘は音楽が好きだったので、私は音楽療育の送迎を15年続けました。時には教室で寝転がっているだけで終わる日もあり、「本当に意味があるのか。娘のためになっているのだろうか」と葛藤したこともあります。でもふだん目線の合わない娘が、歌ってあげるとじっとこちらを見つめてくれて、そのうえ口元を見ながら一緒に歌おうとしてくれるんですよ。だから本当に音楽が好きなんだなあと思って、高校三年生の3学期まで通い続けました。

「このままでは共倒れになる」。救急車を追う娘の姿を見て決めた、家族の未来

―グループホームへの入居を決めたのは、どのようなきっかけからでしたか?

ー母: 当初は、「ショートステイしか経験のない娘が暮らしていけるだろうか」と心配でした。コミュニケーションが得意ではないので、部屋に引きこもってしまうのではないか、とも。でもその頃、なかなか夜寝つかないHに毎晩付き合っていたので両親ともに睡眠時間が削られている状況はかなりしんどいと感じていました。

ー父: 毎日の睡眠不足もあったのか、ついに妻が疲労と脱水で救急搬送されてしまったんです。当時、私は地下の電波の届かない場所で遅くまで働いていて、連絡がつかなかった。妻の母が駆けつけてくれましたが、Hは運ばれていく母親を見てパニックになりながら救急車を追いかけたそうで……。

ー母: 意識が朦朧とする中で見た、あの時のHの必死な顔を見た時、「私が倒れたら、この家は共倒れになる。娘のためにも、私たちが健康でいられる環境をつくらなければならない」と覚悟を決めました。

― LITALICOレジデンスをどのように知りましたか?

ー母: 支援学校の先生から資料をいただいたのがきっかけです。それまでグループホームといえば、都内には空きがなく、自宅から何時間もかかる地方の施設に預けたら最後、年に数回しか会えなくなるというイメージでした。でも、LITALICOレジデンスは吉祥寺という都心にあるので通いやすいうえに、女性専用で「24時間体制の看護連携」であり、「日中サービス支援型」。非の打ち所がないなと思いました。

ー父: 入居前に不安があったとすれば、建物がまだ完成していなかったことですね。娘がどのような場所で暮らしていくのだろうかと心配でした。近隣の雰囲気も確認したくて、実は建設中のところを三人で訪ねてみたことがあるんです。そうしたら近くに大きな公園があって、敷地も広く治安も悪くない。とても整った環境だなと安心しました。

周囲とのかかわりや、日常生活の様子から感じた娘の成長

― 入居から半年。Hさんのご様子にどのような変化がありましたか?

ー母: 家では自分のこだわり以外には無関心だったHが、ホームではお菓子作りで積極的に生地をひっくり返したり、みんなの食事の準備を手伝ったりしていると聞いて、とても驚きました。「待つ専門」だった学生時代からは考えられないくらい大人になったなあと。

ー父: なんでもバランスよく食べられるようになっていたことにも感動しましたね。うちにいた頃は野菜しか食べず、お肉と野菜が混ざっていたらお肉は残して野菜だけ食べる子だったので。

― 一時帰宅の際の様子はいかがでしたか?

ー父: 生活リズムも整ったのか、夜にしっかり寝てくれる規則正しい子になりましたね。もともと小さい頃から「これをして」とお願いしたことを理解できる子だったので、そういう能力はあるんだろうなとは思ってたんですけど、LITALICOさんにきてからまた1段階成長したのかな。家に着くと私の靴まで綺麗に揃えてくれるようになりました(笑)

ー母: 感情が態度に出る子なので、もしLITALICOが合わなかったら、Hの様子を見ればわかると思ったんです。帰ってきたときに溜まった不満を「わあ!」と発散するのかなと。でも、一時帰宅したときもずっと機嫌がよくて。久しぶりの帰省だから喜んでいるのかなとも思ったのですが、自宅からホームへ戻るときに「LITALICOに帰るよ」と声をかけたら、笑いながら服を着始めたので、「ああ、LITALICOでの生活が本当に楽しいんだな」と安心しました。


▲Hさんが普段揃えてくださる来客用スリッパ

「こんなにのんびりしていいの?」 葛藤の末に辿り着いた、お互いにとって幸せな「自立」の形

― Hさんの入居で、ご両親の生活はどのように変わりましたか?

ー父: 睡眠時間は劇的に増えましたし、自由な時間が確実に増えました。20年ぶりに、夜にリアルタイムでテレビを見ることができましたよ(笑)。

ー母: だからこそHに対して申し訳ない気持ちもありました。ゆっくり食事をとったりお風呂に入ったりしていると、「こんなにのんびり過ごしてしまって良いのかな」と後ろめたくなることも。でも、HがLITALICOを気に入ってのびのび過ごしているのだとわかってからは「場所は違えど、お互いに自分にとって良い時間を過ごせている」と前向きに考えられるようになりました。

―LITALICOレジデンスの未来に期待することはありますか?

ー母:ご家庭ごとに事情は異なるとは思うのですが、Hのような子が学校卒業後に日常生活を過ごす場としては、LITALICOレジデンスは多くの方に対して「おすすめしたい」と思える、安心のグループホームだと感じています。
LITALICOレジデンスのスタッフの皆さんを見ていると、いつもやる気に満ちていて大変助かっています。あとはこのサービスをいつまでも長く継続していただけることを願うばかりです。

ー父: 様々な特性がある方が入所されていると思うので、それぞれのこだわりや困り事で日々大変なこともあるのではないかと思いますが、スタッフの皆さんがいつも入居者一人ひとりのことを思って動いてくださっているのがひしひしと伝わってきています。

入居者の方もスタッフの方も、明るく前向きに過ごせるサービスを、今後も末永く続けていただけたら幸いです。

ー Hさんのお父さま、お母さま、インタビューへのご協力誠にありがとうございました。靴をそろえてくれたり、洗濯物を干してくれたりと積極的にお手伝いしてくれるHさんとの交流を私たちも日々楽しんでおります。LITALICOレジデンスは、これからもご本人一人ひとりの「できること」を見つめ、ご家族の想いに寄り添う支援を続けてまいります。(制作:人材開発部)

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