2023.09.06

なぜLITALICOは、学校教育の現場に参入したのか。狙いと描く未来とは

LITALICO教育ソフトの開発ストーリー

ビジネス職

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LITALICOはこれまで放課後の児童支援施設 〈LITALICOジュニア〉、保護者や支援者向けのポータルサイト〈LITALICO発達ナビ〉など、自社運営を強みに、児童福祉や障害福祉に関する事業を拡大してきました。そして、2022年4月に〈LITALICO教育ソフト〉をリリースし、学校教育の領域にも参入しました。そこにはどんな狙いがあったのでしょうか。事業立ち上げを指揮した安原健朗さんと、〈LITALICO教育ソフト〉プロダクトマネージャーの寺下胡桃さんに話を聞きました。

プロフィール

安原健朗さん(写真右)

第二事業本部学校教育事業部 事業部長。2013年入社。リーダーとして〈LITALICOプラットフォーム〉事業立ち上げをけん引。事業の立ち上げで意識していたのは「これを作り上げていくぞ!」というチームに勢いをつけること。将来は〈LITALICO教育ソフト〉を海外にも展開していきたい。


寺下胡桃さん(写真左)
〈LITALICO教育ソフト〉プロダクトマネージャー。2020年入社。前職で特例子会社の設立支援をする中で、もっといい就労支援があるのではとLITALICOへ入社。現在は、小児期における支援として学校教育の支援事業に携わっているが、ゆくゆくは就労支援のフィールドにも挑戦したい。

学校での「学びのあり方」を変えていきたい

──〈LITALICO教育ソフト〉は、どのようなプロダクトですか。特徴を教えてください。


安原:

公立の小・中学校には、特別支援学級と通級指導教室があります。特別支援学級は、特別な配慮が必要なお子さまが通う8人ぐらいの小規模なクラス。通級指導教室は、通常学級に在籍しながら週に1~2回ぐらい個別に支援を受けるクラスです。〈LITALICO教育ソフト〉は、特別支援学級や通級指導教室に携わる先生方をサポートするプロダクトです。


寺下:

〈LITALICO教育ソフト〉には、3つの製品と1つのサービスがあります。指導計画を作成する〈まなびプラン〉、授業で使用する教材を提供する〈まなび教材〉、先生が動画を見ながら児童支援のHowtoなどを学べる〈まなび動画〉の3つの製品と、インターネット上で先生方が意見交換できる〈サポートコミュニティ〉というサービスです。お子さまに対する直接支援ではなく、学校現場でお子さまの支援にあたっている先生方を支援している点が特徴だと思います。


〈LITALICO教育ソフト〉の詳細はこちら 

https://s-edu-soft.litalico.jp/ 



──〈LITALICOジュニア〉など、お子さま直接支援できる施設を持つLITALICOが、どうして学校に向けた事業を立ち上げることになったのですか。


安原:

お子さまが過ごす時間、学びの時間で考えると、学校で過ごす9時から15時が「学びのコアタイム」です。また日本では、支援が必要なお子さまの約98%が公立の小中学校に通っています。お子さまにとっての学びの場として主となるのはやはり学校です。

お子さまの「学びづらさ」を解消するには、多くのお子さまが多くの時間を過ごす学校での「学びのあり方」を変えなくてはいけない、そんな危機感も持っていました。


寺下:

社内ではずっと「学校に向けたサービスにもチャレンジしたいね」という話がありました。〈LITALICOジュニア〉などのサービスが世の中に知られてきて、お客さまから信頼いただける会社に成長してきたので「そろそろチャレンジできるか?」というタイミングで、教育委員会から引き合いがあったんですよね。


わからないことだらけ。限られた開発期間


──そうなんですね。学校教育事業の立ち上げから、リリースまで、どのように進んでいきましたか。


安原:

私たちは2018年から、LITALICO研究所と埼玉県戸田市教育委員会で共同研究に取り組んでいます。その中で「特別支援学級に関わる先生は、どんな負担を感じているか」といった調査をしたところ、業務の中でも個別支援計画の作成が特に負担が大きいということがわかりました。調査結果を踏まえて、先生方を支えるツールを作れないかと検討を開始しました。


寺下:

LITALICO研究所が〈教育ソフト〉のタネになるような、プロトタイプツールをたくさん作っていたんです。それで「じゃあ、これを事業として成立させるにはどうしよう」「研究開発の中で見出した事業の種をどう育てていくか」という検討を、私と立ち上げメンバーの秋元さんとで、始めていきました。


──LITALICOとしては、学校教育の分野に参入するのは初めてでした。苦労した点はありましたか。


安原:

プロダクトの方向性決め以外にもマーケティングやセールスなど、誰にどうコンタクトを取って、どんな形で予算を取っていったらいいのかも、さっぱりわからない状況でした。そんな中で「使いたいとおっしゃる自治体がいます」という話がきて。一方で、プロダクトとして販売するためにはプロダクトの質の向上が必須だったので、「急ピッチでクオリティを上げて、他の自治体にもご案内ができるようにしよう」となったんです。それが2020年の冬頃でした。


寺下:

当時社長だった長谷川さん(現会長)も、顧客ニーズがあるなら!とサービス立ち上げに対し意欲的になってくれて。本格的に事業部が立ち上がったのは2021年の4月でした。その段階でエンジニアやカスタマーサポート、教材制作スタッフが加わり、徐々にメンバーが増えていき、現在は学校教育事業部全体で40名弱のスタッフがいます。


安原:

お子さまのための個別支援計画の作成がプロダクトの主な機能ですが、学校特有の事情を加味すると年度初めに使えないと困るため、そこに間に合わせるために実質的な開発期間はたった3~4か月でした。スピードとクオリティの担保が一番難しかったところですね。

     

寺下:

時間的な難しさに加えて、「わからないことがあまりにも多い」という状況でもありました。学校でどう使われていくのか、先生がどんなパソコンで、どんなインターネット環境で、どういうタイミングで使ってくれるのか……。利用環境も全国統一ではなく、自治体ごとに環境や状況が異なっていたり、IT化の推進具合は学校ごとに違っていたり。そういったところは現在進行形で苦労しているポイントでもあります。


お子さまにとって最適な「学ぶ環境」を

──プロダクトの紹介でも「お子さまの個別最適な学びの実現」とあります。学ぶ環境を最適化する重要性について、教えてください。


安原:

例えば、生まれつき聴覚が過敏なお子さまがいたとします。通常学級のザワザワした環境だと、その音が気になって学びづらいんですよね。でもそれは、そのお子さまが悪いわけではなく、環境が合っていないんです。環境が合っていないから、結果的に学びが進まなくなってしまう。僕らが大切だと考えているのは、お子さまの特性(聴覚の過敏さなど)に合わせた環境を用意すること。そうすれば学びの機会は担保できますから。しかしLITALICOが運営する各教室では実践できていますが、なかなか学校だと全てのお子さまにそこまでの支援が行き届かないのが実情です。


寺下:

個別最適な学びという文脈で一般的に語られるのは「それぞれの学習ペースに合わせる」ということだと思いますが、私たちは「そのお子さまに合わせて学習内容や学習環境を最適化していくこと」が、個別最適な学びと考えています。


使うのは先生。その先に見据えるのはお子さまのこと


──3つの製品と1つのサービスがワンパッケージになっていますが、どのような経緯で現在の製品構成になったのでしょうか。


安原:

共同研究の結果からも、先生たちの支援計画作成業務の負担を軽減することを優先すべきだと考え、まずは〈まなびプラン〉を中心に考えました。一方で支援計画の作成自体は、年度初めに行うことが多く、日常的に毎日支援計画を立てるわけではないんですね。

そのため、普段の授業のなかでお子さまが「前向きに学べるようになる」「学びに対して前向きな感情を持てるようになる」ことを目指して先生をサポートすることを重視しました。そこで、作成した個別支援計画と連動する、教材や動画をプロダクトに組み込むことにしたんです。


寺下:

メンバーの間では〈LITALICOジュニア〉や〈LITALICO発達ナビ〉など、LITALICOのこれまで培ってきた知見や資産を学校にも還元できるといいね、という会話もありましたね。他にもいろいろなアイデアが挙がっていて、例えば時間割の管理アプリ。計画を立てて、指導して、振り返る。PDCAサイクルを日常的に回すことで、計画の質や精度を高められるというものです。ただ、公立の小・中学校ならではのインターネット環境や設備を考えると難しく、断念したものも少なくありません。


──プロダクト開発で迷ったことは、なかったのでしょうか。


寺下:

ありましたね。プロトタイプができて、教育委員会や先生方に持っていくと、誰に聞くかで反応が違いました。教育委員会としては多くの学校を管轄しているから計画作成の上流工程が大事、先生方にとっては日々の授業で使える教材が大事、という具合に。どこに力点を置いて、プロダクトを仕上げるのが全体最適なのか、迷った時期もありました。

     

ある先生から実際に言われた言葉で印象に残っているのは、私たちが〈LITALICOジュニア〉でやっている「発達支援」と学校現場の「教育」は違うんだという話。「発達支援」は時間が限られてる中で、基本的には1対1。多くても数名のお子さまを指導するのが基本です。一方で学校の「教育」は、多いところで先生1人対して、8人のお子さまがいるケースもあります。そうした状況下で毎日お子さまの支援をするのは、そもそも支援計画に対する捉え方が違うのだと。


安原:

特に事業立ち上げのときは、自分たちの知見がある「発達支援」の観点から「支援計画はこうあるべきだよね。こういう要素があるといいよね」と議論しながら進めていましたが、学校現場のことを先生たちから日々学びながら、調整していきました。


わからないことは、教えてもらう。LITALICOらしく考える

──教育委員会と学校の先生と、どちらを向いて調整するのか迷ったとき、どんなことをよりどころにしたのですか。


寺下:

私たちが〈LITALICOジュニア〉で向き合っている発達支援もそうですが、先生としては過去の経験や勘に頼る場合もあると思います。ともすれば属人化しすぎないよう、いかに科学して、いかに分析して、誰もが同じクオリティで支援できるようになるか。学校の特別支援教育においても、そういうアプローチは大事だなと感じました。


安原:

ヒアリングをさせてもらった戸田市教育委員会の意見も大きかったと思います。正直、私たちが迷っているときに「戸田市としては計画作成のツールを希望しています」と言ってもらえたんです。共同研究をやってきた自治体から、明確な希望をいただけたのは大きかったです。


寺下:

確かにこのご意見がブレイクスルーのポイントだったと思います。率直なフィードバックをいただけたので、メンバー間でも「こういう形で作っていきたいね」と意思疎通が図れましたから。


──お客さまの意見は後押しになりますね。皆さんの中に迷った時に「ここに立ち返って考える」みたいなポイントはありますか。


寺下:

LITALICO全社的に「障害のない社会を作る」というビジョンの浸透率がとても高いと感じています。私は転職して3社目ですが、ダントツです。ビジョン自体は抽象的な言葉ですが「この機能はアリかナシか」をみたいな議論も、突き詰めていくとビジョンに収束していくのだろうと思っています。「それをすることは障害のない社会をつくるためになるのか」と。例えば、売上に重きを置いて考えてしまっていないかなど、ブレーキとしても機能しますし。いろいろな方針を決める上で、ビジョンが立ち返る場所になっているのは、LITALICOらしさでもあるかなと思います。


安原:

何かをやるかやらないかの場面では、個人的には意識的に「やってみる」を前提に考えています。今回のような新規事業の場合、チームの勢いは大きな推進力になります。プロジェクトを率いる立場の人間として、持つべきスタンスなのかなと考えています。

また、プロダクトを開発している私たちも、直接お子さまの支援をしている事業会社だという点はいつも立ち返るところです。

例えば〈LITALICO教育ソフト〉では、先生から保護者へ向けた書類作成もサポートしています。私たちは「この書類を受け取った保護者は、どう感じるか」まで想像力をはたらかせて、プロダクト開発やカスタマーサポートができるのは、日頃から〈LITALICOジュニア〉などで保護者と向き合っているから。保護者と向き合う当事者の視点を、プロダクトやサービスに反映できるのもLITALICOらしさだと思います。


まだはじまったばかり。プロダクトに磨きをかけていきたい。

──〈LITALICO教育ソフト〉について、導入されているお客さまの反応はいかがですか。


安原:

立ち上げ当初は15自治体でしたが、2023年度の初めで約100自治体、学校数にして約800校に導入いただいています。おかげさまで、いい反応もいただいています。「特別支援教育に取り組みやすくなった」という教育の質向上に対する肯定的なご意見、このプロダクトを使うことで仕事がラクになったという業務負担の軽減に関するご意見が多いです。実は、特別支援学級を担当されている先生は、同じ校内に相談できる人がいない孤立状態になることもあり、何が正解なのかわからなくなってしまうこともあるようです。そういった先生方が特別支援というテーマで、自治体の垣根を越えてつながり、相談し合える〈サポートコミュニティ〉にも肯定的なご意見をたくさんいただいています。


寺下:

もちろんいい反応だけでなく、改善のリクエストもいただいています。2023年でリリース3年目になりますが、私自身まだまだ改善できる点があると感じています。まずは先生方からいただいたご意見にも応えながら、より使いやすく、より教育の質の向上を実感できるプロダクトに磨き込んでいきたいです。


──「障害のない社会を作る」というビジョンに対して、現在〈LITALICO教育ソフト〉は、どれぐらい貢献できていますか。


安原:

まだ0.01%ぐらいじゃないですかね。まだ「ようやくスタートできた」というフェーズにいると思います。日本には3万校ぐらい学校があって、やっと800校が使いはじめてくれたばかり。先生の業務が変わって、お子さまの学びの環境が変わって、800校が3万校に近づいていく中で「障害のない社会を作る」ことに貢献できるんだと思います。0.01%は適当な数字ですが、それぐらいの感覚です。まだまだこれからだなと思っています。


──今後、どのようなプロダクトに育てていきたいですか。


寺下:

中長期的には、支援が必要なお子さまを取り巻くすべての関係者が、LITALICOを通じてつながるといいなと考えています。イメージとしては、学校では〈LITALICO教育ソフト〉、保護者の支援は〈LITALICO発達ナビ〉、福祉施設は〈LITALICOジュニア〉というように、点在しているプロダクトやサービスを点から線にして、そのつながりをうみだす役割として〈LITALICO教育ソフト〉があるようなイメージです。


安原:

現在は学校向けのプロダクトとして、教育委員会を中心にご提案しています。自治体には、福祉系の施設ならば障害福祉課、子どもの家庭に対する支援なら子ども支援課など、他にも児童福祉・障害福祉の部門はあります。そういった背景の中、〈LITALICO教育ソフト〉の機能を拡大していくのか、姉妹プロダクトを開発するのか。そこまでは決めていませんが、自治体の各部門と連携して、お子さまの生活全般を支援できるように進化させられたら、と考えています。その地域の児童福祉・障害福祉に伴走できるようなプロダクトや事業に、育てていきたいですね。また個人的には、日本版〈LITALICO教育ソフト〉を、グローバル展開したいとも思っています。


──まだまだ挑戦は続きそうですね。ありがとうございました。


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